おさえるこころ 2

今週のお題「恋バナ」


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「んで、そっちは最近どうなの?」

渋谷の喧騒から少し足を伸ばしたところにあるこのカフェは、どことなくわたしたちが通っていた高校の美術室に似ている湿気っぽい雰囲気が気に入って、2人で近況報告会を開くときにはどちらかが言い出すわけでもなくここで、と決まっている。

わたしは向かい側に座る彼がカップにかけている、細くて長い指をぼーっと見つめていた。


最近。

相変わらず、相変わらずだ。


大好きな喫茶店でアルバイトをしながら、大学にいって、休日には好きな映画を観に映画館にいって、美術館にいって。



高校のときはよく部活の時間が終わっても、美術室に残って絵を描いていたわたしたち。


いまわたしは絵はやめてしまった。

彼は美術大学へ進学して、絵を続けている。

積極的にグループ展を行ったりしていて、いまでも、いや、まえよりも熱心に絵と向き合っているようだ。




「もう、絵はやんないのなー。残念。」


ざんねん、か。

わたしだって一ミリも後悔がないわけではない。


先を見据えすぎて、絵に未来を感じられなくて、普通の大学で、学問としてアートに関われたそれで十分だって、それの方がいいって思ったんだもの。

わたしにとっては描く楽しさよりも未来の選択肢を増やすことに価値があった、し、ある。



それになにより。


「おれ、お前の絵が好きっていうか、うーん、好きなんだけど、これずっと言ってるけど、なんか信頼、してるんだよ。だから、また描けたらって、思ってる。」



初めてそんな風に言われた時、絵に信頼ってなに?って思っていたけれど、彼はいたって真面目に話しているようにみえた。


だからこそ、わたしは絵を描くのをやめたのかもしれない。


絵に対してすごく真面目に取り組む彼に、わたしのきもちを気づかれたら、

きっとわたしのことを今のようには、見てくれないから。



最後まで残って絵を描く姿を、さいごまで見ていたくて、だから絵を描いていた。


絵を描くことは好きだったけれど、

それよりも、その姿見ることの方がしあわせだった。


同じ方向を向いているようで、向いていなかったなんてわかったら、きっとがっかりさせる。



だから、わたしはこのカフェで、いつも通り、彼の最近の彼女との喧嘩話とかだって、何食わぬ顔をして聞く。


がっかりさせてしまうくらいなら、

わたしの『信頼』という価値をなくしてしまうくらいなら、

わたしはさいごまで彼の恋バナにだって付き合う。


信頼してくれてるなら、それでいい。


それでいいと思う気持ちと、

例えばいまここで好きって言ったらどんな顔するのだろうかという気持ちが、

相変わらずせめぎあっている。



相変わらず。

相変わらず、わたしは彼のことが好きみたいだ。